SCOPE

3D都市データの可能性

3D City Experience Lab.プロジェクト(3dcel)を立ち上げてからの約1年の間に、測量事業関連、BIM設計関連、CIM施工関連やゲーム・映像等のエンタメ・ドローン業界関連など、様々な方々と3D地図の可能性について議論をさせて頂き、貴重なご意見を頂戴してきた。
このコラムは、これまでの活動を振り返り、現状報告として取りまとめるとともに、今後の展開の方向性についての私の考察を整理したものである。

TEXT BY SEIICHI SAITO
PHOTOGRAPHS BY TAKEHIRO GOTO

SCOPE #6

3D都市データの
可能性

実用的な3Dマップの必要性とそれに反する現状

ドローンや航空測量で地形をスキャンする手法が既に様々な業界で導入されているため、多くの方が3Dマップ・3D都市データの重要性を感じている。しかしながら、まだ各業界全体に、3D都市データを活用方法への理解が浸透していないためか、実際に如何なるベネフィットをもたらしてくれるか、具体的には掴みきれていないのではないだろうか。

現在計測されている3D都市データは、限られた用途(例えば「景観条例検証のため」など)のためにスキャンしていることがほとんどであり、用途外の活用はされてこなかった歴史がある。せっかく測量された貴重な3Dデータも、結合・データベース化が行われていないため、役目を終えると死蔵され、1つの大きな財産を構築するには至っていない。

現在、BIM(Building Information Modeling)というコンピューター上に現実と同じ建物の立体モデル(BIMモデル)を再現して、より良い建物づくりに活用していく技術が世界的に普及しつつある。日本においても企業規模を問わず設計業務を行っている多くの企業での導入されており、古いビルの耐震補強や設備管理のために、自社内にBIMチームを結成するなど、会社全体でBIM化を推進している企業も出てきている。
しかし、「設計変更が行われる度にBIMも修正する必要があり、手間である」、「専属チームを設置して対応する必要がある」、「現状の建設速度と日本の建設現場の慣習等が足かせになっている」との声も多く、BIM化を諦め、従来と同じCADでの設計を引続き行っている企業が未だ大多数である。この様にBIM化に対する企業の姿勢はまちまちであり、日本では足並みが揃っていないのが現状である。

ドローンなどの測量に関しては、国交省の指導(http://www.mlit.go.jp/tec/tec_tk_000028.html)としても推進されているためか、特に土木分野での導入が進んでおり、多くの土木業界の方々が免許を取得しているようである。しかし、このドローン測量もあくまでも完成物件の検証のためであり、他企業や他建築物のデータも収集・結合し、データベース化する等の方針をもった取組は確認できていない。

3dcelプロジェクトでは、今回、東京急行電鉄株式会社様、東京地下鉄株式会社様、株式会社パスコ様のご協力の下、渋谷駅の地下をスキャンすることができたが、本プロジェクトを進める過程で、過去に渋谷の地下をスキャンしようと思った事業がいくつか存在していたことがわかった(関係者の調整がつかず、未了に終わったようである)。
このプロセスから見えてきた3D化の難しさは、一つの場所をスキャンするだけでも、ステークホルダーが多く、すべての関係各所と調整しなければならないことである。渋谷地下の場合でも、東急電鉄のエリア、東京メトロのエリアだが東急電鉄の管理、地上は国土交通省の管理など、非常に入り組んだ管轄関係であった。
今回の試みが成功した大きな要因の一つは、各ステークホルダー(今回は東急電鉄と東京メトロ)が一箇所に集まり一緒に歩いてスキャンの可否を確認したことである(複雑に入り組んだ管理や地権者の構造が3D化を難しくしていることが把握できたことも本プロジェクトの一つの成果と考えている)。

3Dのデータはあるがつながっていない現状を
打破するには何をすべきなのか?

実際に3D化、3Dをベースにした測量やBIM・CIM(Construction Information Modeling[1])が普及しつつあるにも関わらず、それが「3D都市地図」として結合・構築されていないのは何故か。果たしてどうすればよいのか。私なりの考察は以下の通りである。

- 法的な障害はあまりない:

それぞれの事業者が発注者として権利を持っている3Dスキャンデータを共有することは セキュリティーの観点(例えば機械室や管理室などの場所の開示)以外では、大きな障壁はなく、法的な縛りがあるものも実はほとんどない。

- 共有することのメリットの明確化:

測量データやスキャンデータを業界や企業を超えて共有することはできるが、自社のデータを他社に共有するメリットがないため、いくつかの賛同いただける事業者同士が足並みを揃えて共有する方法論を考える必要がある(フリーライダーの防止)。
3dcelプロジェクトを進める一環で行ったリサーチでは、諸外国でのBIM・CIMなどのデータベースは、国や自治体などの行政が主導しており、メリットというよりはコンソーシアム的に立ち上げ参加を促していることが多いように思われる。

- データxデータの力:

3dcelでも実験を試みた3D都市データとそれ以外のオープンデータ(例:商業施設の分布や種類の3Dデータ上へのプロット等)をオーバーレイすることで、価値を生み出すことは可能で、3D都市データを既に持っている事業者にもメリットを生み出す可能性は大いにあると思われる。

コンテンツとして活用する3D都市データ

- ゲームや3Dコンテンツ:

3Dデータはゲームや映画、ARやVRなどのコンテンツ産業にも活用される可能性が大いにあると当初から考えていたが、実際にゲーム制作会社等との意見交換を通じて、その可能性は大いにあると感じた。しかし、スキャンしたデータはポリゴン数や点群の数、スキャン独特の誤差などがあり、そのままの活用はできず、あくまでもガイド的な使用として考えるのが現実的だという。今後BIMの普及に伴ってこの課題はクリアできる可能性が高いが、個人的には良い意味で詳細が曖昧な3Dスキャンデータの美しさも、是非コンテンツ制作に活かすべき利点のように思う。

- データをプロットするためのプラットフォームとしての3D都市データ:

物販や飲食などの商業施設の個別用途のプロットや人の動きのデータ、空いているテナントや居室のデータなど様々なデータを集積する3D地図としては今すぐにでも使える可能性がある。例えば、目が見えない方向けにプッシュ型で店舗情報を発信することもできるし、海外旅行客向けに翻訳した案内をデバイスに表示させることなども可能となる。
以前、バルセロナに行った際に地元のディベロッパーとの会話で「サグラダファミリアが見えるアパートの値段は高く設定されている」という話を聞いたが、東京でも高層ビル群や東京タワーなどが見える場所の家賃は高く設定できているが、完成前に物件を発売する場合は検証するすべがないためこの様な付加価値を評価しにくい。様々なデータの融合により、新しい価値を即時に見つけることができる可能性は大いにある。

- 何らかの制約を抱える人への地図:

2020年に向け数多くの開発が同時に起こっている東京においては、歩道や通路は変化し続けている。特に地下は工事のプロセスとともに変化しており、渋谷の地下をスキャンした際にもそれを強く感じた。残念ながら3dcelで公開しているデータも既に古く、渋谷駅南街区には新しい地下道が開通している。このように日本の卓越した土木工事技術によって変化を続ける場所の地図化は、例えば、海外からの旅行者にとっても、車椅子やベビーカーで移動する人々にとっても随時更新されることが必要だと考える(例えば、どこが工事中でどこにスロープができているのかなどがデバイス上で事前に把握できれば、外出前にルートを柔軟に検討できる)。余談ではあるが、最先端のテクノロジーカルチャーを実験的なアプローチで都市実装するリアルショーケースであるMedia Ambition Tokyo 2017にて、参加者自身のスマートフォンを使ってスキャンを行うワークショップをオートデスク社と行ったことがあるが、その際、もしかしたら将来的には行き交う人々の協力によって随時更新される3D都市データが作られる可能性も感じた。

総論

3dcelのプロジェクトを通じて、プロジェクトを始めた動機でもある『2Dの平面地図ではなく、3Dで都市をスキャンし、それをオープンデータとして展開することで、様々なセクターの事業者・個人に使用してもらいたい』という気持ちは強くなる一方、この様な絶対に世の中に対して必要な実践的プロジェクトであったとしても、プラットフォーム化するには、様々な課題があることが分かってきた。
簡略化して以下に箇条書きにする。

  • 3D都市データ化することのデータ提供者のベネフィットを設計する必要性

  • 各分野の事業者が所有するデータを統合するため、フォーマットを統一する必要性

    スキャン事業者は独自のフォーマットを持っている場合もあり。各分野で持っている/使いたいデータ・フォーマットが異なる。

  • 建築業界の設計プロセスを変更する必要性

    CADの時代からCAD+BIM、最終的にはBIMの時代へ。BIMはようやく浸透しつつある。

  • 各事業者が持っているデータに係る著作権等を整理する必要性

  • 悪用されない為のセキュリティー対策
    (プライベートルーム・機械室などの削除/フィルタリングなど)を施す必要性

  • 効果的・効率的なデータ運用・管理(ブロックチェーンや地図作成経済[2]の可能性)方法論の確立

最初に障害になるのが、「ベネフィット」の部分で、明らかに企業の持っているデータ(=財産)を提供してもらうためには単に「文化を作るため」では集められない。
今回、経済産業省の委託事業として実施させていただいたからこその説得力は多大にあったと強く感じるが、次のステップとして3D都市データの可能性をもう少し具体的に示していく必要があると考える。

私が個人的に感じたのは既存の事業の延長線上で「ベネフィット、KPI、ROI」を据えても、未来を見据えたプラットフォームは作れないことが多く、競合関係にある業界の事業者をまとめることすらできない。人工衛星でも地上をスキャンすることができる今の時代、このまま行くと我々のデータは他の国の事業者に管理されるかもしれない。

もちろん“それも時代である”と受け止める選択肢もあるとは思うが、日本は今、様々な社会課題に直面し、テクノロジーも含め世界のどの国も文化も体験したことのない時代の先頭を走っており、日本が世界に先んじて解決策を示しても良いのではないかと思う。

既存の事業者もこれまでの延長で物事を考えるのではなく、最新技術への理解を深めビジネスモデルを洗練させていく必要があるのではないだろうか。
3D都市データを使えば、建設した建物により多くの客を送客することもできれば、お越しいただいたお客様の満足度を高めることもできる。デジタルなので、コンテンツメディアとしても活用することもできるし、同業種・異業種問わず、企業の活用を促すことで、使用料・ロイヤリティ収入を見込むこともできるなど、新たな事業展開も見込めるだろう。現在の関連業界の未来を切り拓く可能性があるからこそ、今こそ関連事業者が力を合わせて3D都市データを作り始めるべきではないだろうか。

平面の地図を3D都市データに官民をあげてフォーマットを変えることは、これから起きるであろう様々なイノベーションを自国で実験し、検証し、このノウハウでより良い世界を作るために必須であると考える。

まだ始まったばかりではあるが、都市3D化の大きな「船」に今こそ、みんなで乗るべき時代が来ているのではないか。

[1] 2012年に国交省によって提言された建設業務の効率化を目的とした取組。建築分野で進められているBIMと同様に、3次元モデルを中心に関係者間で情報共有することで一連の建設生産システムの効率化・高度化を図るもの。

[2] 3D地図データを作っている業者や個人同士がそのデータを出し合ってそれを使いたい人と3D地図をマネタイズしたい人の需要と共有を明確化する経済プラットフォームの考え方。そのデータはブロックチェーンで管理される。

SEIICHI SAITO|齋藤精一

1975年神奈川県生まれ。ライゾマティクス代表取締役/クリエイティヴ&テクニカル・ディレクター。建築デザインをコロンビア大学(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。その後 ArnellGroup にてクリエイティヴとして活動し、03年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのをきっかけに帰国。アート制作活動と同時にフリーランスのクリエイティヴとして活動後、06年にライゾマティクスを設立。建築で培ったロジカルな思考をもとに、アートやコマーシャルの領域で立体作品やインタラクティヴ作品を制作する。09年〜13年に、国内外の広告賞にて多数受賞。