3D都市データは国家的規模で
整備しなくてはならない
国家レベルでの3D都市データの整備と活用には、どのような課題があるのか。
その課題を突破した先にある未来とは。
データの最前線を見つめ続け、国のデジタル政策にも積極的にかかわってきた
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授・中村伊知哉に話を訊いた。
INTERVIEW
:中村伊知哉
――データのあり方を常に俯瞰的な視点で論じてこられた中村さんにとって、3D都市データはどのような立ち位置にあるものとして捉えられるでしょうか。
過去ずっとスマート化と言われ、家でもどこでも、そこに「いながら」という側面が重視されていたのが、「リアル」「ライヴ」に焦点があたり、データをやりとりしながらの移動が自由になってきた近年では場所や空間が復権した。つまり、地図のビッグデータがより意味を持つ時代に入ってきていると感じます。
地図データは、EC(電子商取引)の店舗とリアルの店舗が連携される際に使われるようになったり、『Pokémon GO』といったARで活用されたりと、もはやインフラになってきていますね。3D都市データは、そうしたインフラ化した「地図ビッグデータ」の最前線と言えるものかもしれません。
データの現状を把握する必要がある
――インフラという面では、公私/官民の関係性が問われてきますね。
まずは3D都市データをとりまくデータ全般について、国家レベルでの現状を把握しておかなければいけませんね。そのための切り口はふたつ。ひとつは「オープンデータの推進」、もうひとつは「データ駆動社会の実現」です。まず「オープンデータの推進」についてですが、近年は政府や自治体も積極的に、地図情報や道路情報、気象情報といったデータを開放し、民間も利用するようになってはきているのですが、なかなかその〝成果〟が出ていません。
これに対してぼくは、官民双方のデータ活用を促進させる基本法を制定していくなど、国や自治体がデータを出すだけではなく、民間が持っているデータも合わせてビジネスを一緒につくっていく流れにしないとダメだと思っています。また、こうしたブレイクスルーを起こすためには、わたしたち研究者も積極的にアイデアを出し、産官学連携を進めるべき。3D都市データのオープンデータ化においても、必ず考えなければいけないポイントです。
――ふたつめの「データ駆動社会の実現」についてはいかがでしょうか。
特に人工知能(AI)という文脈において、国の政策のなかで「AIの競争力はデータが左右する」と言われるようになってきています。ただし、やはりそれでもデータの利用が進まない状況なんですね。IT総合戦略本部や知的財産戦略本部といった機関で、いま解決策を探る議論がなされている状況です。
たとえばそこで論じられているのは、IT基盤においては「データ取引市場」の設置、知財基盤においては「契約ガイドライン」の策定というデータ普及策です。
「データ取引市場」は、PDS(Personal Data Store)と呼ばれる情報を預かるサービスの構築と並んで、いま議論されているものです。個人のパーソナルなデータをセキュリティが保たれた銀行のようなPDSに預けると同時に、そのデータが取り引きされビジネス化していく。そんな仕組みとして、実際のマーケットが準備されなければいけないだろう、ということです。
そして、そういったデータの流通が滞りなく行われるための「契約ガイドライン」もセットで必要になってくる。これが「データ駆動社会の実現」に向けて、現在進められている国家戦略であり、3D都市データのプロジェクトを推進するにあたっても、こうした動きは視野に入れておきたいですね。
成功事例を褒めて伸ばす
――ひと口にデータを普及させるといっても、様々な切り口があるのですね。
同時に必要なのは、そのつど現れてくる成功事例をきちんとクローズアップし、応援するということなんです。ぼくはいまVLED(一般社団法人オープン&ビッグデータ活用・地方創生推進機構)というところで、オープンデータの成功事例を取り上げる「VLED勝手表彰」というものを行っています。
その名の通り、成功事例を勝手に褒めるんです(笑)。3D都市データに関しても、いままでになかったプラットフォームが構築されたとき、いきなり大きなビジネスが勃興するというよりは、データを活用した面白いスモールビジネスが次々と生まれてくると思うんですね。その斬新なトライが成功したときにはきちんと褒めるということが、新規参入してくる人や組織にとっての成功例の提示にもなり、好循環に繋がっていくのではないでしょうか。
――中村さん自身は、どのような活用例を考えていらっしゃいますか。
長年研究してきたデジタル・サイネージ(電子看板)に関しては、3Dの超リアルな地図がその場で表示され、街頭で一気に店舗への案内ができる、という時代がようやく訪れると思います。キャラクタービジネスを扱っている会社でしたら、3D都市データは〝高さ〟の情報が扱えるので、たとえば来訪者が各フロアで異なるキャラクターと出会えるARが構築できるかもしれません。
また、スポーツの文脈でも注目すべきです。テレビの映像で陸上の100m走を見ると、もちろん感動するわけですが、じゃあ実際どれくらい速いんだろうというのは、なかなかピンときませんよね。
そこで2020年の東京オリンピックで選手のリアルなデータを提供してもらえれば、地図データと掛け合わせて、たとえば渋谷の道玄坂を100m走の選手が駆け抜けていく、駅前のスクランブル交差点を走り幅跳びの選手が跳躍していく、といったイメージをまざまざと体感してもらうことができる。つまりは、超人的なアスリートの凄さを肌で感じられるようになるわけです。
ぼく個人も、ウェアラブルデバイスとARの技術を使って技を放つテクノスポーツである「HADO」というものに携わっているのですが、このスポーツもセンター街やスペイン坂の3D都市データとマッチングさせて、街中で戦っているような臨場感を演出できたら楽しいですね。
――都市の外観自体をコンテンツ化していけるのも、3D都市データの魅力ですね。
秋葉原のキラキラとした街並み、大阪・道頓堀の華やかな装飾などをぼくたちは見慣れてしまっていますが、こうした都市のポップ性は、外国人に強くアピールできるものを持っていると思います。
あるいは京都のような観光都市では、また違った3D都市データの使用法があるかもしれません。というのも、京都に住んでおられる方々は、きっと写真普及以降に撮られた数々の地元の“お宝写真”を持っていらっしゃると思うんです。そのときの貴重な京都の風景が、おそらく大量に眠っている。そうした写真を提供していただければ、時期ごとの「記憶」が濃密に関連づけられた3D都市データを構築できるはずです。
記憶と3D都市データの相性はいいですよね。たとえば子どもたちと自分の住んでいる街を調べるというワークショップを開くことがあるわけですが、これからは、地元のご年配の方に話を聞いたオーラルのデータを、3D空間に紐づけていくことが可能になる。
――ご専門のデジタル教育の分野でも応用可能ですね。
データとコンテンツの拠点として国家戦略特区となっている竹芝の再開発にも携わっているんですが、子どもたちと未来の竹芝を構想しようと場を設けるときにも、これからは3D都市データで非常にリアルなやりとりができるようになるでしょうね。こうした手法は、いますぐに学校教育の場にも持ち込むことが可能でしょう。
――最後に、もうひとつのご専門である放送と通信についてはいかがでしょうか。
実は空想していることがあるんです。IPDC(IP Data Cast)という、放送の電波にIP(インターネット・プロトコル)を乗せる、いわば放送と通信を融合した電波方式の開発普及を行っているんです。テレビなどに用途を限定せず、一気に広範囲に電波を発信できる放送のメカニズムそのものに立ち返れば、何か面白いことができるかもしれない。
たとえば、高さ情報も含めた地図データを一斉に発信し、都内23区に大量に設置したLEDライトに受信させれば、上空から見たときに巨大なプロジェクションマッピングになっている、というような。何百台という規模のドローンを飛ばす際にも、3D都市データと放送のテクノロジーがマッチングしそうです。
こうしたイノヴェイションを喚起するためにも、保持しているデータの量は生命線になります。冒頭でお伝えしたような、国家的規模での3D都市データの整備が急がれますね。
中村伊知哉 | ICHIYA NAKAMURA
1961年、京都府生まれ。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。1984年ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送 融合政策、インターネット政策を政府で最初に担当するが、橋本行革で省庁再編に携わったのを最後に退官し渡米。1998年 MITメディアラボ客員教授。2002年 スタンフォード日本センター研究所長。 2006年より現職。著書に『デジタルサイネージ革命』<朝日新聞出版社、共著>、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)、『日本のポップパワー』<日本経済新聞社、編著>、『インターネット、自由を我等に』<アスキー出版局>など。