Research

企業/民間での事例

企業や民間にも広がる、3D都市スキャンデータを活用した取り組み。
3Dデータでなければ実現できない新しい可能性を秘めたプロジェクトを知る。

RESEARCH #1

CASE#1 : 株式会社パスコ

官民のあらゆるニーズに応え
都市を空撮し、測量する

第二次世界大戦中、日本の陸軍には航空機の腹部に測量カメラを搭載し、空撮して地図を作成する測量部隊があった。この部隊を前身に、終戦後に民間企業として起業したのがパシフィック航業(現在のパスコ)だ。パスコは、国土地理院を始めとした官公庁や民間のニーズに応えて、社会を正確に測り、地図を作成し、社会の課題解決に活用する企業である。航空測量の中には、「オブリーク航空カメラ」と呼ばれる垂直と斜めの写真を同時に撮影する装置を、セスナ機の腹部に取り付けて撮影を行う方法がある。こうして得られる多方向から同一箇所を撮影した多重ラップ画像から3Dモデルが生成されている。空撮によって生成された3Dモデルによって、建物の壁面や起伏のある傾斜面などを自由な角度から再現できる。例えば任意の地点にピンを置くと、そこから見える場所、死角となる場所を区分けしたりできる。パスコの堀井譲・新空間情報推進部長は、「このデータは防犯計画や都市設計にも役立つ」と語る。

3D都市データの利活用の
幅は広がっている

例えば一部の保険会社ではオブリーク航空カメラにより災害発生前の3D都市データを予め記録しておき、災害発生直後に撮影したデータと比較することで被害状況の把握に取り組んでいる他、VRによる景観確認に3D都市データが活用されることもある。さらに土木現場における土量測定や、文化財調査業務の一環で神社仏閣や城・石垣の形状計測を行う際にはドローン撮影による3Dデータが用いられることもある。新空間情報推進部推進課長の脇田真司は、「3D都市データの利活用の幅はさらに広がっていくはずです」と語る。一方、今後の課題として、測量のコストダウンや地下空間のスキャニングの問題などが挙げられている。

プロジェクトデータ

堀井譲 | YUZURU HORII

株式会社パスコ事業推進本部新空間情報推進部部長

脇田真司 | SHINJI WAKITA

株式会社パスコ事業推進本部新空間情報推進部推進課課長

CASE#2 : NASA

宇宙から
地球をまるごとスキャン

2014年9月にNASAは、地球をまるごと3Dデータ化するという壮大なプロジェクトを発表した。スキャニングには、レーザーセンサーによるLiDAR技術を用いた「GEDI」(Global Ecosystem Dynamics Investigation=地球生態系ダイナミクス計測器)が使われるという。これによって地球の表面を3次元で捉え、宇宙からみた地球上のあらゆるデータを観測することができる。GEDIは、10本の平行な観測軌道をつくる3つのレーザーで構成される。各レーザーは毎秒242回照射され、高精度で地表の凹凸を計測して3次元化する。GEDIは2019年に国際宇宙ステーションに設置される予定で、観測データはオープンデータとして広く使用できるようになるという。現在はNASAとメリーランド大学を中心に開発が進められている。

環境劣化を確認する

GEDIで観測したデータを用いることで、気象予測、森林管理、氷河と積雪量のモニタリングをはじめ、生物多様性と生息地をひもづけたり、水の循環を向上させたりするなど、さまざまな活用法が想定されている。NASAはこのデータを用いることで、地球規模の環境変動の計測と分析に利用する予定だ。現在は2次元のデータで運営されており、炭素が森林のなかにどの程度含まれているかを正確に定量化できていない。3D化されることで森林の3次元構造が明らかになり、樹木が大気中の炭素量に及ぼす影響を測れるようになる。2019年、NASAの壮大な取り組みによって、地球のさまざまな環境汚染が可視化されるだろう。

プロジェクトデータ

CASE#3 : ヒロシマ・アーカイブ

広島への原爆投下に関する
多元的なデータをアーカイブ

原爆投下に関する約170件の証言資料、約150点の写真資料などをマッピングし、オープンソースで公開している。首都大学東京の渡邉英徳システムデザイン学部准教授を中心に、2011年に開設された。2015年までは「Google Earth API」を使用していたが、現在はプラグイン不要でJavaScriptのみで動作する「Cesium」を使用している。これにより国土地理院のタイルデータなど,オープンな地図リソースが利用可能となり、本サイト上で「レイヤー」のように当時の地図と現在の地図を比較できるなどの機能が充実したという。

過去を記録するものではなく
未来につなげるために

渡邉准教授は、「過去を記録するだけではなく、未来に生きるものを制作したい。時代にあわせて生まれ変わらせたい」と意気込む。こうした考えの元で、2016年には最新のAR技術によって進化。広島市内を実際に歩き回りながら、現実空間に重ね合わせて“体験”できるようになった。被爆者たちの証言を得る困難な作業は、地元の高校生たちの力を借りて進めているという。「高齢者が3Dマップを見ると、『〇〇さんが載っている』『ここでこんなことがあった』というように、普段慣れ親しんでいる地理や土地感を呼び覚まされるようです。さらに、『もしかしたら自分だったかもしれない。自分たちはたまたま生きているだけかもしれない』といった想いも抱かせる。これは地図が持つ力かもしれませんね」と、渡邉准教授は語る。最新技術は原爆の記憶と人々の顔とを、3Dマップ上に浮かび上がらせる。『ヒロシマ・アーカイブ』は、過去の「記憶」をアーカイブするだけでなく、未来につながる「希望」のために活用されているのである。

プロジェクトデータ

渡邉英徳 | HIDENORI WATANABE

首都大学東京大学院システムデザイン研究科准教授。情報デザイン、ネットワークデザインを研究。ハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所客員研究員、京都大学地域研究統合情報センター客員准教授、早稲田大学文学学術院非常勤講師などを歴任。東京理科大学理工学部建築学科卒業(卒業設計賞受賞),筑波大学大学院システム情報工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。これまでに「ナガサキ・アーカイブ」「ヒロシマ・アーカイブ」「東日本大震災アーカイブ」「沖縄戦デジタルアーカイブ〜戦世からぬ伝言〜」「忘れない:震災犠牲者の行動記録」などを制作。『データを紡いで社会につなぐ』<講談社現代新書>などを執筆。http://labo.wtnv.jp/