都市を可視化することで
見えてくるもの
都市の解像度を上げる
齋藤: いま、ぼくたちは渋谷の街の調査・計測を進めているんです。これから2020年へ向けて、日本の3D都市データに関する総合的なプロジェクトが歩み出します。ドローンや自動運転といったトピックも含め、3D都市データに対する関心が高まっていることは、皆さんご存知の通りです。今回、ぼくたちは日本の3D都市データに関する調査、プラットフォームの構築、コンテンツ制作を総合的に進めていこうとしています。
そこでプロジェクト発進にあたり、ぜひ『WIRED』日本版編集長の若林恵さん、そして法とデザインの関係性を探り、本プロジェクトにおいても知的財産権、オープンデータの扱いについて参画いただいている弁護士の水野祐さんと、「日本の3D都市データ」に関するヴィジョンを議論したいと考えました。
若林: 基本的な前提として、3D都市データに関しては、データをともかくとってみる、すると思いもよらなかった使い道が見えてくる、という側面があります。都市の内部における”見えない相関”が見えてくる、ということですね。
たとえば、河川の水位の変動を3D都市データとして蓄積しておけば、他のデータと照らし合わせたときに、予想外の連関――いわば、「風が吹けば桶屋が儲かる」というような、不可視だった因果が発見されることが往々にしてある。
水野: 率先して3Dデータを収集している欧米諸国においても、日本と法制度が異なるわけではない。でも、欧米ではデータを集積することが将来的に自分たちの力になり、財になるということを直感的にわかっているような節さえあって、目の前の利益に繋がるかわからなくても、手当たり次第にデータを蓄積している。
こうした姿勢には、学ぶべきものが多い反面、私たちがいざデータをとる際、何の役に立つかわからないと言われると注力しづらいのも事実ですよね。データを集めるとどういう利益があるのか、わかりづらいのだと思います。
齋藤: 街づくりに関しては、かなり効力があると思うんです。冒頭でお伝えしたように、ぼくたちは本プロジェクトで、渋谷という街にまずフォーカスしています。その渋谷に関しても、谷に水が流れて、周囲に街並みができて――といった、地上/地下をまたいだ都市形成の背景がある。
そうした都市の特性を3Dデータで精確に把握すること。そして、各都市の3Dデータをオープンデータ化していくこと。これによって、場当たり的だったシティプランニングが改善されるようなことが起きていくのではないでしょうか。
若林: ”自治”的にデータが開示されていくという点は面白いですね。3D都市データにおいて肝要なポイントのひとつは、「そこに暮らしている人たちがデータによって、よりよい暮らしを手に入れられるかどうか」というところにあると思う。特に災害時は、3D都市データが住民にとって有用なものになるはずです。
水野: オバマ政権が注力していたこともあって、昨今世界中でさまざまな公共情報をオープンデータ化していく流れがあります。オープンデータの一般的な意義としては、行政の透明化や信頼性向上などがありますが、行政サービスが担っていたものをスリム化していくことで、コストダウンに繋がってもいくのではないかという議論もあります。
齋藤: 3D都市データを論じるにあたって避けられない、セキュリティの問題がここで浮上してきますね。完全にオープンにしてしまっては、安心・安全が保障されない。では、部分的に開示するセミ・オープンであるべきか、といった課題です。
水野: 国防やテロなどのセキュリティの観点からの議論は、オープンデータにおいても当然必要だと思います。ただ、そこに配慮するあまり、3D都市データをやめよう、という議論になることは避けたいですよね。期待できるメリットに溢れているわけですから。
若林: プライバシーの問題もよく取りざたされますが、むしろ普段の暮らしにおいて3D都市データって、実はその土地に住む私たちの「ローカリティ」に資するものなんですよ。二次元の地図って、どうしても三次元の現実を無理やり平面に抽象化するから、そこから三次元へと再度情報を”解凍”する際に手間がかかるんです。
一方、情報の精度が飛躍的に上がった3Dデータなら、そのまま都市を把握でき、またその都市の”特性”が見えてきやすい。解像度があがり、リアルな動態に近づけば近づくほどローカリティに寄り添っていき、コミュニティのハブとして機能していくわけです。
3D都市データは「ぼくたちのもの」
齋藤: 3D都市データをまずアート作品として提示する、ということも大事だと思っています。よくわからなかった3Dデータという対象が、アートとして目の前に現れることで、ぼくたちは「面白い」、「カッコイイ」といった形容表現で、直截的に捉えることができる。3D都市データが、一気に身近になっていくわけですね。
専門家の人たちに対しても、その作品を見せることで、「いや、むしろこうした研究を進めるべきだ」といった、ポジティブな反駁や反応をしてもらうことができるんです。
水野: 何に使われるかわからない、だから怖い、というセキュリティ意識だけが先行してしまうと、3Dデータの可能性を取り逃してしまいます。多くの”成功例”が出てくれば徐々に意識も変わってくるでしょうし、その端緒としてアートが提示するものが大きいですよね。
若林: なんといっても、3D都市データは本来的に「ぼくたちのもの」ですから。
水野: そうですよね。ぼくがもっとも興味があるのが、3D都市データを誰もがいじれるようになることによって、都市を司っている「法」の見直しがフレキシブルに行われていくのではないか、という点です。都市で生活し、都市を使用するためには、道路交通法や都市公園法といった、さまざまなルールが存在します。
3D都市データを活用することによって、こうした法律の一条一条を”因数分解”していくことが可能になるのではないかと思うんですよね。この条項は要らないんじゃないか、ここはもっと柔軟にしたほうがいいのでは――といった捉え直しが可能になる。都市のポテンシャルを最も発揮させるような、戦略的な法整備をしていけるのではないでしょうか。
齋藤: なるほど。3D都市データは、ヴァーチャルな情報とフィジカルな空間のマッチポイントとなり、法整備も合わせて都市の可能性を花開かせていくものであるわけですね。ぼくたちは今回、3D都市データの世界において、「この指とまれ!」の「指」、いわば、データのプラットフォームそのものを準備したいと思っています。
僕が陥ってはならないと思っているのは、こうしたプロジェクトが縦割りで進んでしまうことで、あちこちでまったく同じデータがとられていたり、先ほど触れたような各データの連関が見えてこなかったり、といった事態です。日本において3D都市データをブーストさせるにあたって、本プロジェクトは行政・民間・住民のみんなが集まるラボとして機能したい、魅力的な「指」になりたい、と強く思っています。
SEIICHI SAITO|齋藤精一
1975年神奈川県生まれ。ライゾマティクス代表取締役/クリエイティヴ&テクニカル・ディレクター。建築デザインをコロンビア大学(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。その後 ArnellGroup にてクリエイティヴとして活動し、03年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのをきっかけに帰国。アート制作活動と同時にフリーランスのクリエイティヴとして活動後、06年にライゾマティクスを設立。建築で培ったロジカルな思考をもとに、アートやコマーシャルの領域で立体作品やインタラクティヴ作品を制作する。09年〜13年に、国内外の広告賞にて多数受賞。
KEI WAKABAYASHI︱若林 恵
1971年生まれ。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。大学卒業後、出版社平凡社に入社。『月刊 太陽』の編集部スタッフとして、日本の伝統文化から料理、建築、デザイン、文学などカルチャー全般に関わる記事の編集に携わる。2000年にフリー編集者として独立し、以後、雑誌、フリーペーパー、企業広報誌の編集制作などを行ってきたほか、展覧会の図録や書籍の編集も数多く手掛ける。また、音楽ジャーナリストとしてフリージャズからKPOPまで、広範なジャンルの音楽記事を手掛けるほか、音楽レーベルのコンサルティングなども。2011年から現職。趣味はBOOKOFFでCDを買うこと。
TASUKU MIZUNO|水野祐
弁護士。シティライツ法律事務所。Arts and Law代表理事。Creative Commons Japan理事。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。著作に『法のデザイン―創造性とイノベーションは法によって加速する』<フィルムアート社>、『クリエイターの渡世術』(共著)、『オープンデザイン 参加と共創からはじまるつくりかたの未来』(共同翻訳・執筆)などがある。TwitterアカウントはTwitter:@TsukuMizunoフィルムアート社>